大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)1300号 決定

本籍

三重県尾鷲市野地町五〇二番地

住居

同熊野市飛鳥町小阪四八番地の六

職業

葬祭業兼金融業

東寿人

昭和二年三月七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四九年四月二五日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人水谷博昭の上告趣意のうち判例違反をいう点は、所論引用の判例は、懲役刑と罰金刑の併科は行為の反社会性が極めて重大である場合に限り認められるとする所論の趣旨の判断を示したものではないから、本件に適切でなく、その余は量刑不当の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大塚喜一郎 裁判官 岡原昌男 裁判官 吉田豊)

昭和四九年(あ)第一三〇〇号

被告人 東寿人

弁護人水谷博昭め上告趣意(昭和四九年七月一二日付)

本件上告の趣意は、原判決が被告人に懲役刑を科した上、更に、罰金一、〇〇〇万円を併科した一審判決を支持した点に於て、最高裁判所の判例解釈を誤り、最高裁判所判例と相反する判断をしたという点にある。

一、ほ脱犯に対する罰金刑と別途行政手続によつて、懲収される重加算税との関係に関するリーデイングケースである最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決によれば、「ほ脱犯に対する刑罰が脱税者の不正行為の反社会性、ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであり、一方、重加算税は、過少申告、不申告による納税義務違反の発生を防止し、以つて、納税の実を挙げんとする趣旨に出でた行政上の措置であり、法が重加算税を行政機関の行政手続により、租税の形式により、課すべきものとしたことは、重加算税を課せらるべき納税義務違反者の行為を犯罪としこれに対する刑罰として、これを課する趣旨でないことは明かである。」

と判示している。

従つて、右最高裁判決によれば、納税義務違反者が重加算税を懲収される他に、別に刑事罰に処せられる根拠は、その脱税行為の反社会性ないし、反道徳性の故であるということになる。

右の判例の趣旨をふまえて、所得税法二三八条一項の規定を解釈すれば、懲役刑と罰金刑が併科されるのは、行為者の脱税行為の反社会性ないし反道徳性が、極めて重大な場合に限られるというべきである。

けだし、脱税による不当利益と国庫に与えた損失は、重加算税の懲収で填補されるのであるから、この様な損害賠償的性格を持たせて、刑事手続に於ても、罰金刑を併科することは、刑事罰の本来の目的から逸脱するものであるからである。

そこで、被告人の脱税行為を、その反社会性、反道徳性という面で評価してみる。

(イ) 被告人が飛鳥御殿を建て、銘刀、名画を蒐集し、モーターボートや高価な外国車を所有した事は、税金に支払うべき資金の一部をそれらの物品の購入に充てたという事はできても、脱税のために、それを為したという事は絶対出来ない。むしろ、被告人が脱税に対する考慮をあまり払うことなく、世間の注目を集めるような派手な生活を始めたために、税務署の注目するところとなり、査察を受け、犯罪として非難を受けることになつてしまつたというのが実態であり、犯罪の計画性という点では極めて非計画的であり、むしろ単純幼稚でさえある。被告人がもつと奸策を弄して蓄財を潜行させていたなら、あるいは今回の犯罪は発覚しなかつたか、更に、先になつて発覚したかもしれない。

(ロ) 被告人が、脱税のためと疑われるような隠幣行為を、全く為していない訳ではない。

例えば、営業名義を内縁の女性の名前にしたり、取得した財産の一部を内縁の女性名義にしたりしている。

しかし、この程度の行為は、社会生活に於て、多くの国民が為している事であり、それ程きびしく非難を受けるような事でもない。

又、被告人は二重帳簿など全く作つておらず、金の出入をごく簡単なメモ程度のものに記載していただけである。

この点でも、被告人の行為は計画性に貧しく単純幼稚である。

(ハ) 被告人は、国税局の査察を受けた後、営業帳簿類を焼き捨てているが、これは犯罪行為後の証拠湮滅行為であつて、本件公訴事実の違法性評価とは切離されるべきである。

この様に考えてゆくと、被告人の脱税行為は、額に於て、相当多額であることは争えないが、この点を除く、その他の側面では、単純幼稚であり、被告人の無知、無計画のみが目立つのであり、もし、税務当局に於て、事前にもう少し、親切な行政指導を為していたならば、今回の事件は回避できたのではないかと思われる点残念でならない。

かくて、被告人の一連の行為は、懲役刑と罰金刑を併科しなければならない程、反社会性、反道徳性の強いものとは到底考えられないものであるところ、原判決は、前記最高裁判所判例解釈を誤り、被告人に懲役刑と一、〇〇〇万円という多額の罰金を科した第一審判決を支持したもので、この点に於て、判例違反の違法があるから破棄されるべきである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例